ご来場ありがとうございました
11月27日、28日の2日間開催しました国際有機農業映画祭2009は、多くも皆様にご来場いただきました。ありがとうございました。
会場


ロビー


交流会(27日)


(写真:中村易世)



![]() | みなさまのご支援に支えられ、国際有機農業映画祭は本年、第3回を迎えることができました。おかげをもちまして2007年、2008年と行った映画祭はとても好評で、世代を超えて多くの方々に見ていただくことができました。 私ども実行委員会でも、経験を重ねるごとに、有機農業が持つ深さと広さを発見し、圧倒される思いでいます。有機農業とは、単なる農業のやり方とか農法という枠組みを超えて、自然をどう捉えるか、森や水や土やそれらの中に存在する多様な種とどう向き合うか、といった、この世界を丸ごと捉える営みであり概念なのだという思いを深くしています。 本年の第3回映画祭は、有機農業が持つこうした幅広さと奥深さを映画祭全体で表現したいと考え、プログラムを組んでみました。この20年、世界はすべてを市場に投げ込んで勝ち負けを競い合うという単純かつ冷酷極まりない価値観とシステムの下で、破壊され分断されてきました。そんな世界の状況に向き合いながら、自然と人とが織り成す関係のあり方を組み直し、その上に人と人とが本来持っているはずの関係性を再発見し、もやい直す。有機農業がもつそんな可能性を上映作品の中に見出していただければ、映画祭を企画したものとしてとてもうれしいことです。 また、今回は見るだけでなく多くの方に映像作りの面でも参加する機会を持っていただこうと、自然や農や食をテーマとする3分間手作りビデオを募集し、上映する企画を実現しました。応募をお待ちします。 映画祭、ぜひのぞいてください。そして感じ、楽しんでください。 2009年8月 国際有機農業映画祭実行委員会代表 大野和興 代表ご挨拶 |
| 会 場 | : | 国立オリンピック記念青少年総合センター・カルチャー棟大ホール | |||
| 期 日 | : | 2009年11月27日(金)・28日(土) | |||
| 開催時間 | : | 27日 12:00〜20:00(11:30開場) 28日 9:30〜21:00( 9:10開場) | |||
| 参 加 費 | : | 27日券 1500円、28日券 2000円、2日通し券 3000円 事前に会員登録をしていただきます。 | |||
| 主 催 | : | 国際有機農業映画祭実行委員会/東京ピースフィルム倶楽部 | |||
| 協 力 | : | NPO法人日本有機農業研究会、NPO法人アジア太平洋資料センター | |||
| 協 賛 | : | 希望制作所(韓国)、国際農薬監視行動ネットワーク(マレーシア)、(財)自然農法国際研究開発センター、秀明自然農法ネットワーク、パルシステム生活協同組合連合会、アジア農民交流センター、株式会社ティア、株式会社イーエム・ジャパン、日本国際ボランティアセンター、地球的課題の実験村、株式会社 瑞雲、ヤマキ醸造株式会社、有限会社 豆太郎 | |||
| 協賛・賛同のお願い 徒手空拳で始めた国際有機農業映画祭です。映画祭の趣意をご理解いただき、本年も協賛・賛同をお願いいたします。協賛団体のお名前はプログラムおよび映画祭公式ホームページに、賛同いただいた個人の方はプログラムにお名前を記載させていただきます。 協賛(団体):一口1万円 賛同(個人):一口1千円 >> 協賛・賛同のお願い [PDF] |

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| おもて面(2.3MB) | タイムテーブル(1.8MB) |
![]() | フィリピン北ルソンの山に100年前から住んでいる日系山岳民の出稼ぎ家族の劇映画です。世界中のお父さんもお母さんも、みんな子供たちのために一生懸命働いている。でも私たちは今、たくさんの生き物たちの命をもらって生きていることを忘れています。人間が地球で生きるってどういうことだったんだろう。これは南の島の田舎に生きる家族の、現代のさまざまなテーマを盛り込んだリアルなおとぎ話絵巻です。 |
![]() | 1957年、岐阜県徳山村に日本最大のダム建設の話が広まった。当時徳山村の住民は約1500人。みな次々に近隣の移転地へと引っ越していった。それでも、何家族かの老人たちが、村が沈むまで暮らし続けたいと、街から戻って来た。写真家の大西暢夫は、1992年に初めて村を訪ねて以来、ジジババたちの暮らしに魅せられ、通い続けた。村には季節ごとに土地で採れるものを大切にする暮らしの知恵や技がある。2006年秋、工事が終わり、水がたまり始めた。もう誰も村に帰ることはできない。ジジババたちの変わりゆく暮らしに寄り添った15年間の記録。 |
![]() | 「ザクロの芽が出たら、畑に種をまく季節」「ツバメが高く飛んでるから、まだ雨は降らないね」、どこかで聞いたことがあるような、懐かしい響き。“お天気母さん”こと、鈴木二三子さんの言葉です。彼女は、おじいさんが昔言っていた「天気にまつわる言葉」を研究し、農業に活かしてきました。福島県西会津という自然豊かな土地で「植物や生きものを見つめ、情報に学ぶ」、その積み重ねで、今では年の初めに1年先の天候を7〜8割の的中率で予測出来るようになりました。その姿は、まるで動植物と会話するかのように真剣で、慈愛に満ち溢れています。 |
![]() | 埼玉県の西部に位置する小川町で現代有機農業の先駆者である金子美登さんの霜里農場の一年を追った作品です。霜里農場では、毎年農業を志す若い人たちを受け入れています。彼らは一年間寝食を共にし、金子さんの指導のもとに有機農業について実践で学んでいます。そして一年の研修の結果、見違えるように逞しくなつた若者たちはそれぞれの夢を抱いて、将来の日本の農業を担うべく巣立っていきます。 |
![]() | すべての「食」はコーンに続く……アメリカ人の体はコーンでできている。二人の青年が、アメリカ人が口にするほとんどの食品に含まれているというコーンの実態に迫る農業ドキュメンタリー。まず二人はコーンの一大産地アイオワで畑を借りてコーン生産を体験。そしてコーンの行方を追う。モノカルチャー、大規模農業、大規模畜産業、肥満、バイオエタノールなど、アメリカが抱えている問題が、コーンを通してあぶり出されていく。 |
![]() | ラオスの多くの村では、ほぼ半年近く米不足となる。JVC は、農業技術の改善により米の収穫を上げる研修を行っている。"SRI(System of Rice Intensification)"と呼ばれる「幼苗1本植え」によって米の増収を目指す。そして、費用のかかる化学肥料と農薬による慣行農業から有機稲作への転換を目指して、指導とワークショップを通して農民の啓発を図る。 |
![]() | ラオスでは、首都ビエンチャン周辺地域にはメコン川を渡ってタイの農薬が流入し、北部では中国から国境を越えて農薬が流入している。そうした中、SAEDA(持続的農業・環境開発協会)というラオスのNGOは、トンダムというリーダーの下、農民たちは農薬や化学肥料に頼らない持続的な有機農業を推進している。開発の嵐の中、伝統的な智恵を活かした農民の実践を描いている。 |
![]() | タイ、フィリピン、インドネシア、インド、バングラデシュなど、米を主食とするアジアの各地で行なわれている様々な形の米にまつわる「祭礼」の様子を通して、稲作がいかに人々の生活、歴史、文化、環境と深く結びついたものとなっているかを描いている。後半では、その人々の命の糧である米が、WTOのもとで、多国籍企業や、国家の小農民を無視した農業政策によって、人々の稲作、ひいては人々の生活に大きな脅威となっている状況を、「高収穫米」の導入や農地の収奪に対する農民たちの抵抗運動の様子や、農民リーダーの証言などを通して描き出している。 |
![]() | 薬づけをやめた東京都世田谷区の大平農園の生き物たちの記録である。戦後の食料増産に、指導的役割を担ってきた大平家だったが、先代は農薬禍で病死し、大平博四さん自身も失明寸前に。「昔の農業に戻ろう」という母親の一言で、土づくりに取り組む日々が始まる。「青虫が葉を喰う。鳥が虫を喰う。その糞を地面が吸い込む。それが野菜の栄養分になるのです」と語る大平さんにとって、虫も鳥も共に働く農業耕作者である。この作品は、ドキュメンタリスト亀井文夫の遺言でもある。 予告編 (C)2009 東京写真工房 |
![]() | 開発の進むカリフォルニア、住宅地に囲まれた農場“フェアビュー・ガーデン”を守った若き農場主、マイケル・エイブルマンの“闘い”の記録。堆肥の臭いや鶏の鳴き声がうるさいと周辺住民から立ち退きを迫られるなか、都市農業センターとして人々が本当の食べ物に触れ、学ぶための農場経営が地域に受け入れられていく一方で、地主が住宅会社と土地売買契約を。その絶対絶命の危機にあって、CSAメンバーたちが立ち上がった。多額の寄付が集まり、農場はNPOとして維持されることに。都市農場の可能性を問う秀作。 |
![]() | 「食」と「農」の問題は私たちの健康の中心となる問題である。この映画は、健全な作物を作り出す「生きている土」とは何かを科学的に捉え、その土づくりに取り組む須賀一男さんの自然農法の実践を描いている。工業化志向の今日の価値体系に対し、自然の力を見なおしたものとしての貴重な報告であり、成功の記録である。同時に、画面から現代日本の農業について多くの問題点と教訓の数々を汲み取ることができる。 |
![]() | 1990年のソ連崩壊によって、突然キューバに襲いかかったエネルギー危機。キューバの人たちは、それまでの機械と化学肥料に依存した慣行農業から有機農業へと転換し、危機的な状況を乗り切った。農業、工業、住宅、教育、医療、エネルギーをどう変えたのか、その根底にある発想の転換とは? 奪い合いもなく、一人の餓死者も出さずに乗り切り、人々が見出したもの“コミュニティの力”。やがてどの国も直面する化石燃料の枯渇。キューバの貴重な経験を記録したエネルギー危機克服のドキュメンタリー。 |